お盆です。実家に帰る方も多いと思います。
そして毎年、多くの人がこう思って帰ってきます。
「お金の話、結局できなかったな」
気持ちはよく分かります。切り出しにくいですし、疑われそうで怖い。「まだ元気なのに縁起でもない」と言われそうでもあります。
ただ、この記事でお伝えしたいのは相続の話ではありません。相続の前に、もっと現実的に困ることがあるという話です。
亡くなったときではなく、判断能力が落ちた時点で、です。そして介護費用は、そこから始まります。
この記事では、実家に帰る今日のうちにできることを書きます。難しい手続きの話は最小限にして、「どう切り出すか」まで書きます。
- 相続より先に来る「口座が凍る」問題
- 介護にかかるお金の実額(平均で約542万円)
- 成年後見制度の現実(月2万円〜、原則ずっと続く)
- 元気なうちにやっておく3つ
- お金の話の切り出し方(ここがいちばん難しい)
いちばん困るのは、相続ではありません
「親のお金の話」と聞くと、多くの人は相続を思い浮かべます。
でも実際に家庭を追い詰めるのは、その手前です。
厚生労働省の研究班が2024年に公表した推計では、認知症の高齢者はこう見込まれています。
| 年 | 認知症の高齢者 | 高齢者に占める割合 |
|---|---|---|
| 2022年 | 443万人 | 12.3% |
| 2040年 | 約584万人 | 約14.3% |
| 2060年 | 約645万人 | 17.7% |
※厚生労働省研究班の将来推計(2024年公表)より。
さらにこの推計では、軽度認知障害(MCI)の人数も示されています。2022年時点で認知症とMCIを合わせると、高齢者のおよそ3人に1人が認知機能の低下を抱えている計算になります。

つまり——「うちの親は大丈夫」と言い切れる確率のほうが、そんなに高くないということです。
「口座が凍る」とは、どういうことか
ここを正確に説明します。
金融機関は、預金の払い戻しや解約のときに本人の意思を確認します。認知症が進んで本人の意思確認ができないと判断されると、その口座からの引き出しや定期預金の解約は制限されます。
不動産も同じです。判断能力がなければ、実家を売ることもできません。
親の介護費用を、親のお金から払えなくなります。その結果、子どもが自分の口座から立て替えることになります。それが数年続きます。
2021年に、少しだけ道ができました
全国銀行協会は2021年2月18日に「金融取引の代理等に関する考え方」を公表しました。
そこでは、預金者本人の意思確認ができない場合でも、本人の医療費の支払いなど「本人の利益に適合することが明らかな場合」に限って、代理権のない親族による払い出しに応じうるという考え方が示されています。
ただし、期待しすぎないでください。
- これは各金融機関に一律の対応を求めるものではありません。対応は銀行ごとに異なります
- 使いみちの証明を求められます(請求書など)
- あくまで例外的な取り扱いで、基本は成年後見制度という位置づけです
「なんとかなるらしい」ではなく、「なんとかしてもらう交渉が必要になる」と考えておくのが現実的です。
介護には、いくらかかるのか
数字を出します。生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査」(2024年度)です。
| 項目 | 平均 |
|---|---|
| 一時的な費用の合計 (住宅改造・介護ベッドなど) |
47.2万円 |
| 月々の費用 | 9.0万円 |
| うち在宅 | 5.3万円 |
| うち施設 | 13.8万円 |
| 介護をした期間 | 平均55.0ヶ月(4年7ヶ月) |
単純にかけ算します。
しかも「4年を超えて介護した人」は約4割います。長引けば、もっと増えます。

この542万円を、親の口座が使えないまま子どもが立て替えたらどうなるか。
子ども側の老後資金が、そのまま消えます。教育費と重なれば、家計は確実に壊れます。
だから「親のお金を、親のために使える状態にしておく」ことが、実は子どもを守る話でもあるんです。
成年後見制度の、正直な現実
口座が凍ったあとの正規ルートが、成年後見制度です。家庭裁判所が後見人を選び、本人に代わって財産を管理します。
制度としては必要なものですが、負担も正直に書きます。
① 費用がかかり続けます
東京家庭裁判所が公表している報酬額のめやすは、こうです。
| 管理する財産 | 基本報酬(月額) |
|---|---|
| 通常の場合 | 2万円 |
| 1,000万円超〜5,000万円以下 | 3万〜4万円 |
| 5,000万円超 | 5万〜6万円 |
※東京家庭裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」より。専門職が後見人になった場合。報酬は本人の財産から支払われます。
② 原則、途中でやめられません
ここが最大のポイントです。成年後見は原則として本人が亡くなるまで続きます。「実家を売るときだけ使う」ということはできません。
親が80歳で開始して95歳まで生きたら、15年間です。月3万円なら、それだけで500万円を超えます。
③ 財産を「守る」制度なので、自由には使えません
後見人の役目は本人の財産を守ることです。孫への贈与や、相続税対策のための資産組み替えといったことは、基本的にできなくなります。
誤解しないでください。この制度が悪いわけではありません。身寄りのない方や、財産を狙われている方を守る、なくてはならない仕組みです。
ただ「困ってから使う制度」であって、「備え」ではない。それだけは知っておいてください。
元気なうちに、やっておく3つ
ここからが本題です。今日できることは、この3つです。

① お金の「地図」を作る
金額を聞き出す必要はありません。「どこに何があるか」だけで十分です。
- 取引のある銀行・証券会社(支店名まで)
- 入っている保険と、証券の保管場所(火災保険も含めて)
- 年金の受取口座
- クレジットカード、サブスク、公共料金の引き落とし口座
- ネット銀行・ネット証券があるか(紙が来ないので、いちばん行方不明になります)
この一覧があるだけで、いざというときの手間がまったく違います。逆にこれがないと、家じゅうの引き出しを開けて通帳を探すことになります。
② 代理でお金を動かせる手段を用意する
元気なうちにしかできない手続きが、いくつかあります。
| 手段 | 中身 |
|---|---|
| 代理人カード | 家族がATMで引き出せるカード。手軽ですが、本人の判断能力が失われた後の扱いは金融機関によります |
| 代理人指名の届出 | あらかじめ代理人を届け出ておく仕組み。銀行によって名称と条件が違います |
| 任意後見契約 | 誰に頼むかを自分で決めておける。公正証書で作ります |
| 家族信託 | 財産の管理を家族に託す契約。自由度は高いが、初期費用と専門家が必要 |
いきなり信託まで考えなくて大丈夫です。まずは親が使っている銀行の窓口で「代理人の届出はできますか」と聞く。これだけで一歩進みます。
③ 医療と介護の希望を、聞いておく
お金の話に見えませんが、いちばんお金に直結します。
「できるだけ家にいたい」のか「施設でいい」のか。ここが分からないと、子どもは「いちばん高い選択」を選びがちです。後悔したくないからです。
在宅5.3万円と施設13.8万円。月8万円以上の差が、何年も続きます。
おまけ|相談先の名前だけ、覚えて帰ってください
もうひとつ、知っているだけで差がつくものがあります。
市区町村が設置している、高齢者の相談窓口です。介護の相談、要介護認定の申請の案内、使えるサービスの紹介まで、無料で相談できます。「まだ介護が必要なほどじゃない」段階でも大丈夫です。
介護は、要介護認定を受けないと公的サービスがほとんど使えません。そして認定には申請から時間がかかります。
いざ倒れてから「どこに電話すればいいのか」を調べ始めると、そこで数日を失います。実家の住所の地域包括支援センターの名前と電話番号を、スマホにメモしておく。今日できることの中では、これがいちばん費用対効果が高いかもしれません。
いちばん難しいのは、切り出し方です
ここまで読んで、たぶん一番の壁はこれだと思います。
「で、どう言えばいいの?」
やってしまいがちな失敗から書きます。
- 「貯金いくらあるの?」
- 「相続どうするの?」
- 「そろそろ終活しなよ」
どれも「財産が目当てなのか」と身構えさせます。一度警戒されると、次はもっと話しにくくなります。
効くのは、「親のため」ではなく「自分が困るから」という切り口です。
「もし急に入院することになったら、入院費ってどの通帳から払えばいい?私が立て替えると分からなくなっちゃうから」
「うち、火災保険を見直したんだけどさ。実家のって、どこの会社だっけ?」
「年金って何日に入るんだっけ。私も自分のを調べてて、よく分からなくて」

共通しているのは3つです。
- 金額ではなく「場所」を聞く(通帳がどこにあるか、どこの銀行か)
- 自分の話から始める(うちも保険を見直した、私も年金を調べた)
- 「もしものとき、私が困る」と言う(親を心配する形にしない)
それでも切り出しにくければ、エンディングノートを2冊買って、片方を自分が書くのが効きます。「私も書くから、一緒にどう?」なら、詰問ではなく共同作業になります。
一度で全部聞き出そうとしないでください。お盆に1つ、正月に1つ。それで十分です。
正直な注意点
1人だけで親のお金を把握し、1人だけで動くと、あとで必ず疑われます。悪気がなくてもです。グループLINEに「今日こういう話をした」と流しておくだけで、将来のトラブルがかなり減ります。
② 親のお金は、親のために使ってください。子どもが管理できる状態になると、線引きが曖昧になりがちです。使ったら記録を残す。これは親を守ると同時に、自分を守ります。家計管理と同じで、記録があれば疑われません。
③ そして、親の介護のために自分の老後を差し出さないでください。
これは冷たい話ではありません。子どもが破綻すると、結局その子どもが困ります。生活防衛資金を崩してまで立て替えるのは、いちばん避けたい形です。
よくある質問
Q. 親が「まだ大丈夫」と嫌がります
無理に進めないでください。ただ「どこの銀行を使っているか」だけは聞いておきましょう。金額を聞かなければ、たいてい教えてくれます。それだけでも、いざというときの探し物がなくなります。
Q. 認知症になってからでは、本当に何もできませんか?
程度によります。軽度なら手続きできることもありますし、医療費など使いみちが明らかなものは金融機関が個別に対応してくれる場合もあります。ただ「できるかどうかが相手次第」になるのが、いちばんの負担です。
Q. 実家の家はどうしたらいいですか?
売る可能性が少しでもあるなら、親が元気なうちに一度話しておくのが決定的に重要です。判断能力がなくなると、原則として成年後見人を立てないと売れません。空き家のまま固定資産税だけ払い続ける家は、実際とても多いです。
Q. うちは財産が少ないので関係ないのでは?
むしろ逆です。財産が少ないほど、年金と少額の預金で介護費用をまかなう必要があるので、口座が使えない影響が直撃します。金額の多寡ではなく「動かせるかどうか」の問題です。
たこ先生の、正直な話
私も、ずっと言えませんでした。
帰省するたびに「今日こそ聞こう」と思って、結局は天気と近所の話をして帰る。その繰り返しでした。
言えなかった理由は、はっきりしています。
お金の話を持ち出す自分が、いやしい人間に見えそうだったからです。
でも、あるとき気づきました。私が本当に怖いのは、親のお金がいくらあるかを知らないことではなく、いざというときに何も分からないまま、慌てて間違った判断をすることだったんです。
だから聞き方を変えました。「いくらあるの?」ではなく、「もしものとき、私はどこを見ればいい?」に。
これなら、聞けました。
親も、少しほっとした顔をしていました。たぶん向こうも、いつか言わなきゃと思っていたんだと思います。
まとめ|今日は、1つ聞ければ十分です
- 相続より先に来るのは「認知症で口座が使えなくなる」問題
- 認知症は2040年に約584万人(高齢者の約14.3%)の見込み
- 2021年の全国銀行協会の考え方で道はできたが、対応は銀行ごとに異なる
- 介護費用は一時47.2万円+月9.0万円×平均55ヶ月=約542万円
- 成年後見は月2万円〜、原則ずっと続く。備えではなく最終手段
- やることは①お金の地図 ②代理の手段 ③医療と介護の希望
- 切り出し方は金額でなく場所を聞く・自分の話から始める・「私が困る」と言う
全部やろうとしなくて大丈夫です。
今日聞くのは、「メインの銀行、どこだっけ?」——これ1つでいいです。
お盆と正月で、年に2回。5年かければ、10個聞けます。それで十分間に合います。
せっかく帰るなら、その1つだけ。あとは、ゆっくりしてきてください。
※本記事は2026年8月13日時点の公表情報にもとづく一般的な解説であり、特定の制度・商品の利用を推奨するものではありません。金融機関の対応、後見人の報酬額、各制度の要件は個別の事情により異なります。実際の手続きについては、取引金融機関、家庭裁判所、司法書士・弁護士等の専門家にご確認ください。統計は厚生労働省研究班の将来推計(2024年公表)、生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」(2024年度)、東京家庭裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」によります。

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